東京理科大学
【研究の要旨とポイント】
次世代治療薬として期待される核酸医薬品、コレステロール結合ヘテロ二本鎖オリゴヌクレオチド(Chol-HDO)の薬物動態を明らかにしました。
Chol-HDOは全身循環血液中に長時間滞留し、脳組織への効率的な送達が確認されました。
アルツハイマー病などの難治性脳疾患に対する医薬品開発への応用が期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻の吉岡 志剛氏(2021年度修士課程修了)、西川 元也教授、武田薬品工業株式会社の山本 俊輔氏らの研究グループは、次世代治療薬として期待される核酸医薬品の一種であるコレステロール結合ヘテロ二本鎖オリゴヌクレオチド(Chol-HDO)の薬物動態を、マウスおよびラットを用いた実験より明らかにしました。その結果、Chol-HDOが脳へ効率的に送達されることが確認され、アンメットメディカルニーズの高い脳疾患に対する新たな治療薬の開発につながる可能性が示されました。
アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)は、核酸医薬品の一種であり、特定の遺伝子の発現を調節することでタンパク質の生成を制御し、疾患を治療する次世代医薬品です。近年、多くの核酸医薬品が研究・開発されており、従来は治療が困難だった難病への有効性が期待されています。
ヘテロ二本鎖オリゴヌクレオチド(HDO)は、ASOとその相補的RNAから構成される新しい核酸医薬品です。その中でもコレステロール結合HDO(Chol-HDO)は、脳を含むさまざまな組織で標的遺伝子の発現を効率的に抑制することが、最近の研究で明らかになりました。しかし、Chol-HDOの薬物動態に関する情報は依然として限られています。
核酸医薬品の開発においては、標的とする部位や組織へ効率良く薬物を届けることが重要な課題の一つです。この課題を克服するためには、薬物が体内でどのように挙動し、標的部位へどのように分布するのかを解明することが不可欠です。
今回の研究では、Chol-HDOを含む3種の核酸医薬品の体内動態を解析し、その動態が制御可能であることを明らかにしました。本成果により、次世代医薬品の開発が加速し、難病治療への応用が期待されます。
「コレステロール結合HDOは、実際に脳で遺伝子発現抑制効果が得られています。さらに、その脳移⾏メカニズムを解明できれば、さまざまな核酸医薬品を脳へ送達できる可能性があります」と西川教授はコメントしています。
本研究の成果は、2025年2月18日に国際学術誌「Journal of Controlled Release」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】
現在でも、有効な治療法が確立されていない病気や疾患は数多く存在します。こうしたアンメットメディカルニーズを満たすため、新たな治療法の研究・開発が日々進められています。
近年、特に注目されているのが、遺伝性疾患や難病の治療薬として期待される核酸医薬品です。核酸医薬品は、細胞の核内に存在する核酸(DNAやRNA)を標的とし、その機能を制御することで疾患の治療に役立てる新しいタイプの医薬品です。おもに、特定のmRNA(メッセンジャーRNA 、*1)を標的とし、遺伝子の発現を抑制または調節することで病気を治療するという発想の医薬品です。
核酸医薬品のうち、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)やsiRNAはmRNAに作用し、病気の原因となるタンパク質の産生を抑制します。このうちのASOは、標的となるmRNAに相補的な塩基配列を持つ「一本鎖」の核酸であり、細胞内でmRNAと結合し、その分解を促進することで遺伝子発現を抑制します。近年、ASOを用いた治療薬の臨床承認数は急速に増加しています。しかし、ASO単体では体内の特定の組織や部位に効率よく分布させることが難しいことが課題とされてきました。
そこで、ASOを相補的な塩基配列を持つRNA と結合させ「二本鎖」とすることで、細胞内で解離して、ASOが標的mRNAに届く仕組みが開発されました。このような核酸医薬品は「ヘテロ二本鎖オリゴヌクレオチド(HDO)」と呼ばれます。HDOは、結合するmRNAによって異なる作用を示します。
HDOにコレステロールを人工的に結合させたものは、「コレステロール結合HDO(Chol-HDO)」と呼ばれます。Chol-HDOは、従来届けることが難しかった脳の組織において高いアンチセンス活性(タンパク質産生の抑制)を示すことが明らかになっています。さらに、別の報告では、肝臓においても高いアンチセンス活性を示すことが報告されています。
しかし、HDOやChol-HDOがどのように体内でデリバリーされるのか、例えば血液中のタンパク質(血漿タンパク質)とどのように相互作用し、脳へ移行するかについては十分に解明されていませんでした。
【研究結果の詳細】
本研究では、マウスおよびラットにASO、HDO、Chol-HDOをそれぞれ静脈注射で投与し、体内動態を調査しました。
その結果、ASOおよびHDOは血漿から急速に消失する一方で、Chol-HDOは全身を循環する血液中に長時間滞留することが明らかになりました。
また、肝臓や腎臓への移行を評価したところ、Chol-HDOはASOやHDOとは異なる挙動を示しました。ASOおよびHDOは腎臓に高い割合で取り込まれましたが、Chol-HDOは肝臓と腎臓にほぼ同程度取り込まれ、さらにASOやHDOと比較して取り込みに時間を要することがわかりました。
脳組織内のASO量を投与後に測定したところ、Chol-HDO投与後に最も多く蓄積することが確認されました。この結果から、Chol-HDOが最も効率的にASOを脳へ送達することが示されました。
さらに、タンパク結合率を検討した結果、HDOはASOよりもタンパク質との結合は弱く、Chol-HDOの結合はこれらの核酸と比較するとはるかに強力であることが明らかになりました。また、血漿タンパク質の中でも、低密度リポタンパク質(LDL)および高密度リポタンパク質(HDL)への結合において顕著な違いが観察されました。
これらの結果から、Chol-HDOの血漿タンパク質、特にリポタンパク質への結合が薬剤の組織分布や脳への到達に重要な役割を果たすことが示唆されました。
さらに、こうした結合率の違いを利用することで、ASOの体内動態を制御し、脳を標的としたより効率的な核酸医薬品のデリバリーシステムを開発できる可能性が示されました。
【今後の展望】
より効果の高い核酸医薬品を開発するためには、その作用機序の解明だけでなく、標的部位への効果的な送達、すなわちDDS(ドラッグデリバリーシステム)の開発も極めて重要です。
本研究では、ASOをはじめとする核酸医薬品を脳に効率よく送達できる可能性が示されました。また、体内での薬物動態の制御が可能であることも示唆されました。
今後、核酸医薬品のDDSメカニズムをさらに究明することで、治療法が未確立であることが多い脳疾患に対する新たな治療薬の開発につながることが期待されます。
※ 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(21K1269および24K15755)の助成を受けて実施したものです。
【用語】
*1 mRNA(メッセンジャーRNA)
タンパク質の鋳型となる一本鎖のRNA(リボ核酸)。細胞核でDNA情報を転写して伝える(メッセンジャー)ことでタンパク質が合成される。
【論文情報】
雑誌名:Journal of Controlled Release
論文タイトル:Pharmacokinetics and protein binding of cholesterol-conjugated heteroduplex oligonucleotide
著者:Yukitake Yoshioka, Syunsuke Yamamoto, Kosuke Kusamori, Miyu Nakayama, Hisashi Fujita, Akihiko Goto, Shinji Iwasaki, Tetsuya Nagata, Shoko Itakura, Hiroyuki Kusuhara, Takanori Yokota, Hideki Hirabayashi, Makiya Nishikawa
DOI:10.1016/j.jconrel.2025.02.025
【発表者】
吉岡 志剛 東京理科大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻(2021年度修士課程修了)
山本 俊輔 武田薬品工業株式会社
草森 浩輔 東京理科大学 薬学部 生命創薬科学科 准教授
中山 美有 武田薬品工業株式会社
藤田 央 武田薬品工業株式会社
後藤 昭彦 武田薬品工業株式会社
岩﨑 慎治 武田薬品工業株式会社
永田 哲也 東京科学大学大学院脳神経病態学分野、核酸・ペプチド創薬治療研究(TIDE)センター 教授
板倉 祥子 東京理科大学大学院 薬学部 薬学科 助教
楠原 洋之 東京大学大学院 薬学系研究院 教授
横田 隆徳 東京科学大学大学院脳神経病態学分野、核酸・ペプチド創薬治療研究(TIDE)センター 教授
平林 英樹 武田薬品工業株式会社
西川 元也 東京理科大学大学院 薬学部 薬学科 教授
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