九州歯科大学
公立大学法人 九州歯科大学(キャンパス:福岡県北九州市、学長:粟野 秀慈)生化学分野 古株彰一郎教授らの研究グループは、骨を形成する骨芽細胞(※1)にSLIT and NTRK like family member 1 (Slitrk1)が存在し、骨芽細胞の分化(※2)と成熟を制御していることを見出しました。この発見は、「神経系と骨格系のコモナリティ」の解明に向けて一歩前進するものです。
本研究結果は米国東部時間の2025 年5月31日付でエルゼビア社が発行する雑誌iScience(電子版)に掲載されました。
【本研究発表のポイント】
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Slitrk1は、骨組織、特に骨芽細胞に豊富に存在する。
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Slitrk1ノックアウトマウスは野生型マウスと比較して皮質骨の厚みが減少する。
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Slitrk1ノックアウトマウスでは骨芽細胞の分化能が低下する。
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骨芽細胞のSlitrk1は14-3-3タンパクを介してTazの発現量を調節する。
【九州歯科大学 生化学分野について】
1952(昭和24)年に創設され、2017(平成19)年から現在の体制で新たにスタートしました。生命の最小単位である細胞が生物としてさまざまな機能を営む「しくみ」の解明に取り組んでいます。
【研究の背景】
通常、骨では骨芽細胞が新しい骨を形成し、破骨細胞が古い骨を吸収するというプロセスが絶えず繰り返されていますが、このバランスが崩れると、骨が減少し骨粗しょう症などの疾患を引き起こします。本研究で着目したSlitrk1はトゥレット症候群(※3)の原因遺伝子の一つと言われています。これまで、トゥレット症候群患者には骨折が多いことや、骨の成熟が遅れることが示唆されていましたが、その具体的なメカニズムは解明されていませんでした。
【研究の内容と成果】
九州歯科大学 顎口腔機能矯正学分野の白川智彦 助教(現Harvard School of Dental Medicine, visiting assistant professor)、生化学分野の古株彰一郎 教授、口腔保健学科 歯科衛生士育成ユニット 佐藤毅 教授を中心とした研究グループは、長崎大学、産業医科大学、中国四川大学との共同研究として、骨芽細胞に存在するSlitrk1の全く新しい機能を報告しました。
Slitrk1が欠失したマウス(Slitrk1ノックアウトマウス)では皮質骨の厚みが減少しました。また、Slitrk1は骨芽細胞に存在し、骨芽細胞の分化・成熟とともにその量が増加すること、Slitrk1が存在しない骨芽細胞では、骨芽細胞の分化・成熟の能力が低下することが明らかになりました。Slitrk1が骨芽細胞の分化に関わるメカニズムとしてTazというタンパクと14-3-3タンパクに着目しました。Tazは骨芽細胞分化のマスターレギュレーターであるRunx2の転写共役因子で、骨芽細胞分化を促進することが知られています。Slitrk1ノックアウトマウスの骨芽細胞ではTAZのタンパク量が低下していることを確認しました。また、Slitrk1と14-3-3タンパクの結合ができなくなると、Tazのタンパクが分解され、減少することを明らかにしました。
以上の結果から、骨芽細胞に発現するSlitrk1が14-3-3タンパクと結合することでTazのタンパクの分解が制御され、骨芽細胞の分化をコントロールしていることが示唆されました(図)。

【今後の展開】
われわれの研究チームは骨だけでなく、骨格筋細胞、脂肪細胞、軟骨細胞などに存在するSlitrk1の機能解析を行っています。これにより「Slitrk1の機能喪失が全身においてどのように影響しているのか」という疑問を解明していくと同時に、神経系と骨格系の結びつきを解明することで、新たな骨の再生医療へ展開できるのではないかとも期待しています。
<ファーストオーサーコメント>
本研究は足掛け7年にわたる長期の研究となりましたが、論文発表することができ、大変うれしく思います。長崎大学の永野先生、畑山先生、有賀先生、順天堂大学の金田先生、産業医科大学の中富先生、中国四川大学の袁先生、また多くの先生の協力を得て研究を完結させることができました。誠にありがとうございました。

【用語の解説】
※1 骨芽細胞:間葉系幹細胞から分化し、骨組織において骨形成を担う細胞。
※2 分化:幹細胞や前駆細胞から、ある特定の機能を持つ状態の細胞に変化すること。
※3 トゥレット症候群:運動性チックや音声チックを主症状とする症候群。
【論文題目】
題名:Regulation of cortical bone formation by SLIT and NTRK like family member 1 .
著者:Tomohiko Shirakawa, Tsuyoshi Sato, Kenichi Nagano, Takumi Ito, Moyuri Inoue, Hisako Kaneda, Chihiro Nakatomi, Mitsushiro Nakatomi, Quan Yuan, William N. Addison, Takuma Matsubara, Minoru Hatayama, Jun Aruga, Kayoko N. Kuroishi, Tatsuo Kawamoto, Shoichiro Kokabu
論文雑誌:iScience
DOI: 10.1016/j.isci.2025.112788
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 研究スタート支援 21K21072、若手研究 22K17257、 24K20063、基盤研究(C)18K09861、基盤研究(B)17H04409、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B)) 22KK0141、熊本大学発生医学研究所共同研究支援の支援を得て行われました。
【問い合わせ先】
Harvard School of Dental Medicine
Visiting assistant professor 白川 智彦 (しらかわ ともひこ)
E-mail: r16shirakawa@fa.kyu-dent.ac.jp
九州歯科大学 生化学分野
教授 古株 彰一郎 (こかぶ しょういちろう)
E-mail: r14kokabu@fa.kyu-dent.ac.jp
九州歯科大学 歯学部 口腔保健学科 歯科衛生士育成ユニット
教授 佐藤 毅 (さとう つよし)
E-mail: r23satou@fa.kyu-dent.ac.jp
【公立大学法人九州歯科大学について】
九州歯科大学は、全国にある歯学部、歯科大学の中で唯一の公立大学で、歯学科と口腔保健学科からなる「口腔医学の総合大学」です。私たちが考える歯学とは「口の健康」を通して、日々の生活を、幸せを支える医療です。歯学部並びに大学院歯学研究科において、歯学のプロフェッショナルの育成に取り組んでいます。また、併設する附属病院は1914年開設以来、地域に密着した歯科の専門性を持った中核病院として歩み続けています。
