アスタミューゼ株式会社
アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、DNAデータストレージに関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。

DNAデータストレージ技術とは
次世代の情報記録媒体(データストレージ)として、ホログラフィックデータストレージ、量子ストレージ、分子メモリなどの革新的技術が研究開発されています。その中でも、DNA(デオキシリボ核酸)を記録媒体として活用する「DNAデータストレージ」技術が、実用化にむけて急速に発展しています。
DNAデータストレージ技術は、デジタルデータ(0と1のビット列)をDNAの4種塩基(アデニンA、チミンT、シトシンC、グアニンG)に対応させて配列化し、人工的に合成したDNAに格納および保存する技術です。理論的には、DNA1グラムあたりに215ペタバイト(PB、1ペタバイトは1000兆バイト)以上の情報が格納でき、適切な保存条件下では数千年にわたって情報を保持できます。
デジタルデータの生成量は世界的に急増しており、2025年には年間180ゼタバイト(ZB、1ゼタバイトは10垓バイト)を超えると予測されています。従来型のハードディスクドライブ(HDD)の耐用年数は3〜5年、ソリッドステートドライブ(SSD)は約10年程度、光学メディア(CD/DVD)は2〜10年で劣化するといわれています。既存の記憶媒体では、情報密度、耐用年数、エネルギー効率の観点からいずれ限界がくると考えられます。DNAデータストレージは次世代の超高密度・超長期保存媒体として期待されています。全人類が2025年までに生成した莫大なデータを、手のひらサイズのデバイスに格納できるようになるかもしれません。
DNAデータストレージに関連する技術領域において、代表的な技術要素には以下があります。
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データ変換・符号化:デジタルデータの塩基配列への変換、エラー訂正符号(間違い修正の仕組み)の付加、情報密度の最適化など
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DNA合成:設計された配列にもとづく人工DNA合成、大量合成技術、DNA合成のコスト削減など
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データ保存:合成DNAの長期保存、環境制御、シリカナノ粒子(微小なガラス粒子)への封入など
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データ読み出し:次世代DNAシーケンシング、ナノポアシーケンシング(DNAシーケンサーの一種)、オプティカルゲノムマッピングなど
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データ復号・解析:配列からデジタルデータへの変換、エラー訂正、品質管理など
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システム自動化:全工程の自動化、統合システム、装置開発など
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標準化・運用:業界標準の策定、相互運用性(他社との互換性)の確保、規制対応など
DNAデータストレージの市場規模は、2024年の時点では7,600万米ドル、2030年までには33億4,800万米ドルに達し、年平均成長率(CAGR)87.7%で成長すると予測されています。
本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、特許や論文・グラント(競争的研究資金) における「DNAデータストレージ」関連の技術動向を分析しました。
DNAデータストレージ技術に関連する特許の動向分析
アスタミューゼが保有する特許データベースから、DNAデータストレージと周辺技術に関連するキーワードを含む特許母集団379件を抽出し、要旨にふくまれる特徴的なキーワードの年次推移から進展のある技術要素を特定する「未来推定」分析を実行しました。キーワードの変遷を把握することで、ブームが去った技術やこれから脚光をあびる技術を定量的に評価し、それぞれの要素技術に対する技術ステータス(黎明・萌芽・成長・実装)を予測します。
図1は、2015年以降出願の、DNAデータストレージに関連する特許の要約に含まれている特徴的なキーワードの年次推移を示しています。成長率(growth)は2015年以降の文献中における出現回数と、2020年以降の文献中における出現回数の比を表しています。1に近いほど直近に多く出現しており、近年注目されているキーワードであると見なせます。

2015年以降に出願されたDNAデータストレージ技術に関連する特許の分析結果では、「silicon-based」、「array-based」といったDNA分子の高密度な集積化に関連した用語が増大傾向にあり、従来の生物学的アプローチから工学的な集積化技術への転換が見られます。
また、「ldpc(低密度パリティ検査符号)」、「hamming(ハミング距離・ハミング符号)」といったエラー訂正符号に関するキーワードも見られ、データの信頼性向上や高精度なエラー訂正技術の開発への取り組みが活発化していることがわかります。「fabrication(DNA合成装置製造)」や「tdt(DNA合成酵素)」など、DNA合成技術や合成機器製造に関する用語も直近に出現しており、ハイスループットや低コスト化に向けた製造技術の革新への取り組みが反映されています。
出現回数は少ないものの、「single-molecule(単分子)」や「data-encoding(データ符号化)」など、データ読み取り技術の高精度化をしめすキーワードや、「anti-counterfeiting(偽造防止)」や「security(セキュリティ)」といったDNAデータストレージにおける不正アクセスや改ざん防止のセキュリティ対策に関連する取り組みも見られます。
これらのキーワードをふくむ、近年の特許事例を以下に紹介します。
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WO2023168085A1 “DNA microarrays and component level sequencing for nucleic acid-based data storage and processing”
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出願人:Catalog Technologies, Inc.
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国:アメリカ合衆国
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公開年:2023年
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概要:DNAをもちいて、デジタル情報の記録と読み出し、保存、計算を統合的におこなうプラットフォーム技術。ナノ構造リーダーと特殊な読み出し部品を使った高密度・高速シーケンスにより、データストレージや生物学応用を実現した。
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WO2020142768A “Storing temporal data into DNA”
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出願人:Northwestern University
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国:アメリカ合衆国
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公開年:2020年
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概要:概要:DNAポリメラーゼ(特にTdT)を利用して、環境中の陽イオン濃度変化などの生体信号をDNAに直接記録するTURTLESと呼ばれる技術。デオキシリボヌクレオチド三リン酸(dNTP)のDNAへの組み込みパターンの変化を活用し、高時間・空間分解能で生物学的現象の理解や高密度データストレージに応用できる。
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続いて、特許出願件数の動向です。企業や研究機関の出願する特許の傾向には、社会実装が近い、あるいはすでに実装済みである技術と関連する短中期の様相が反映されます。図2はDNAデータストレージに関連する2015年以降の全世界における特許出願件数の年次推移を示しています。なお、特許データは出願から公開までにタイムラグが存在するため、直近の集計値は参考値です。

DNAデータストレージに関する特許の出願件数は、2016年から2019年まで急激に増加しましたが、その後は停滞し、2022年以降は減少傾向にあります。この変化は、DNAデータストレージ技術が基礎研究の段階から実用化に向けた段階へと移行していることを示しています。
新しい技術が生まれると、まず技術の根幹をなす「基礎特許」が多く出願されます。DNAに情報を記録する方法や読み取る方法、保存する方法など、個別の基本的な特許技術は2020年までにほぼ出尽くしており、現在は、これらの基本技術をつかって、より効率的で低コストなDNAデータストレージシステムをつくるための応用技術の開発に移行していると考えられます。このような応用特許は、基礎特許と比較して件数が少なくなる傾向があります。
DNAデータストレージ技術に関連する論文・グラントの動向
特許分析と同様に、DNAデータストレージと関連する特徴的なキーワードを含む論文母集団1402件を抽出しました。2015年以降に発表されたDNAデータストレージに関連する論文の要旨に含まれている特徴的なキーワードの年次推移を示します。

DNAデータストレージ関連論文の分析から、近年の技術トレンドがあきらかとなりました。「insertion-deletion-substitution(塩基配列の挿入・欠損・置換)」「solitary(1塩基エラー)」「limited-magnitude(限定的なエラー)」といったエラーの種類やエラー管理に関する用語が増大傾向にあり、DNAデータストレージにおけるデータ信頼性向上への取り組みが活発になっていることが読み取れます。これらの技術進歩により、さまざまなエラーパターンに対応したエラー訂正技術の高度化が実現されつつあることが確認できます。
また、「single-molecule(分子レベルで直接読み書きする技術)」「target-site(DNAの編集位置)」「nanopore-based(1分子レベルのDNA読み出し)」といった1分子レベルでの精密制御や読み出し技術に関するキーワードも見られ、従来の集合レベルでの処理から分子レベルでの高精度制御へと技術が進化しています。「barcode/barcodes」「flanking」などのデータ管理技術も直近に出現しており、データの識別・管理に関する研究がさかんな様子が見てとれます。
近年の論文事例を以下に示します。
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“A practical DNA data storage using an expanded alphabet introducing 5-methylcytosine”
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雑誌名:GigaByte
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出版年:2025年
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DOI:10.46471/gigabyte.147
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概要:「5-メチルシトシン(5mC)」という人工的な塩基をDNAに導入することで、従来よりも多くの文字(分子アルファベット)を利用可能とする「R+スキーム」を提案。この手法により、DNA1塩基あたりの情報密度は2.32ビットまで向上した。これにより、5mCを適用したDNAデータストレージの実用性が示され、次世代の大容量ストレージ技術としての可能性を実証。
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“A Primordial DNA Store and Compute Engine”
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雑誌名:Nature Nanotechnology
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出版年:2024年
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DOI:10.1038/s41565-024-01771-6
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概要:従来は別々に実装されていたDNAデータストレージと計算処理を、樹枝状コロイド材料(枝分かれした微粒子)をもちいて1つのシステムで実現。髪の毛より細い微粒子の表面にDNAを貼り付け、微小な流路で制御することで、データの保存、検索、計算、消去、再書き込みのすべてを1つのシステムで実行できるようになった。
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続いて、近年DNAデータストレージに関連する論文に関する時系列分析を行いました。企業や研究機関が発表する論文に記載された技術によりまだ研究段階にあり、社会実装されるまでより長い時間が必要な「基礎研究」の活発度や関連分野の研究コミュニティの拡大状況を知ることができます。また、研究を推進するにはその予算確保が重要であるため、グラントの調達額の年次推移もあわせて分析しました。
図4は、DNAデータストレージに関連する2015年以降の全世界における論文発表件数およびグラント配賦額の年次推移を示しています。

2015年から2023年にかけて、DNAデータストレージ分野は急激な成長を見せており、上記期間中で論文発表件数は約4倍、グラント配賦額は32倍という驚異的な伸びを示しています。特に注目すべきは、2020年以降の研究費の急激な増加であり、それまでゆるやかに増加していた研究費が、2020年頃から急激に立ち上がり、2021年以降は論文発表件数の増加率を大幅に上回っています。
DNAデータストレージに関連する技術動向のまとめ
本レポートでは、DNAデータストレージに関する特許、論文、グラントのデータベースを活用し、重要なキーワードや年ごとの動向を分析するとともに、具体的な事例を抽出しました。
特許の分析からは、DNAデータストレージ技術が実用化に向けて着実に進展している様子があきらかになりました。2020年代に入ってからは、データの大容量保存や読み取りが可能となる集積化技術、情報の欠損や誤りを防ぐエラー訂正技術、そしてDNAをより迅速かつ安価に合成する技術など、商業化に必要な開発が急速に活発化しています。さらに、情報の安全性を確保するセキュリティ対策も見られるようになっており、実用化を見据えた多面的な技術開発が進められています。
論文の分析からは、基礎的な技術から、応用段階での実用化に向けた技術開発へと研究の焦点が移行していることが確認されました。とくに、DNA合成の効率化や読み取り精度の向上をめざす研究が活発におこなわれています。また、情報の記録密度を高めるため5-メチルシトシンを採用した「拡張分子アルファベット技術」や、酵素を用いてDNAを合成することで低コスト化を実現する方法など、従来の手法の限界を克服する革新的なアプローチも進展しています。これらの技術は、将来的にデータセンターやアーカイブ施設などでの実用化を支える中核的な技術として期待されています。
論文の発表件数やグラント配賦額の年次推移からは、DNAデータストレージ分野が2020年を境に大きな転換期をむかえたことが示唆されました。COVID-19のパンデミックを契機とする急激なデジタル化の進展と、そこから生じたデータ量の爆発的増加によって、従来のデータ保存技術では対応できないという課題が顕在化しており、このような背景の下で2020年にMicrosoftやTwist Bioscienceなど複数の企業を中心として設立された「DNA Data Storage Alliance」に象徴されるように、業界全体で技術の標準化を進める動きも本格化しています。
とくに興味深いのは、2020年以降に特許出願件数が減少傾向する一方、グラント配賦額や論文発表件数が急増しているという対照的な動きです。これは、企業が自社の技術を独占しようとする従来型の戦略から、大学や研究機関との連携を重視した協調的な研究開発へと戦略が転換してきたことを示しています。現在、DNAデータストレージ技術は黎明期を終え、商用化に向けて本格的な投資と技術開発が進む段階に入りつつあるといえます。
近い将来、データセンターでの長期的なアーカイブ利用や、クラウドストレージとの連携、さらには医療や法科学分野における応用といった、あらたな分野での実用化も期待できます。DNAデータストレージは、従来の記録媒体では実現が困難であった超高密度かつ長期保存可能な記録方式として、持続可能なデータ保存の基盤を提供する革新的な技術であるといえるでしょう。
著者:アスタミューゼ株式会社 金子 亮 博士(農学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「DNAデータストレージ」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。
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