株式会社タナベコンサルティンググループ
コーポレートファイナンス領域より5つのテーマで調査
日本の経営コンサルティングのパイオニアである株式会社タナベコンサルティング(本社:東京都千代田区・大阪市淀川区、代表取締役社長:若松 孝彦)は、全国の企業経営者、役員、経営幹部などを対象に実施した「2025年度 企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート」の結果を発表します。
1.調査結果サマリー
(1)国内経済の動向において、経営に最も影響を与えているのは「コスト増(原材料費・人件費など)」(約6割)という結果になりました。また、現在注力している経営テーマとして7割以上が「人材確保・育成」と回答していることから、人材を競争力の源泉と捉える企業姿勢が分かります。
(2)PBR(株価純資産倍率)とROE(自己資本利益率)の間には明確な相関関係があり、高い資本効率が市場評価の前提条件となっていることが明らかになりました。
(3)IR・SR活動において重視されているポイントとして、7割以上の企業が「中長期の事業成長ストーリー」と回答。また、IR・SR活動における課題としては、「対話の材料(計画・方針など)の開示が不十分」が最多の回答数となりました。情報開示レベルと人材力の強化が急務となっています。
(4)全体の過半数が「CFOがいない」、または存在していても「十分に機能していない」状態であると回答。財務部門の戦略的機能強化が喫緊の課題です。
(5)ESG活動における注力テーマとして、約7割が「人的資本」と回答。次いで「働き方改革」の回答が多く、人的領域への投資が環境・ガバナンスを上回る結果となりました。この傾向は、人的資本が企業価値創出の中核であるという認識が広がっていることを示しています。
2.各データ詳細(企業を取り巻く経営環境と注力テーマ)
(1)経営に最も影響を与えている要因は「コスト増(原材料費・人件費など)」。

国内経済の動向において、経営に最も影響を与えている要因は「コスト増(原材料費・人件費など)」(56.2%)という結果となりました。エネルギーや資材価格、人件費の上昇が業績に直接響いており、構造的な課題があることがうかがえます。また、「消費マインドの低下」(11.0%)や「価格転嫁の困難」(10.0%)の回答も目立っていることから、価格支配力の弱さや内需の低迷が企業収益を圧迫しており、課題があることが分かります。これらの要素は、企業価値向上に向けた経営戦略を策定するうえで、持続的な価格戦略と生産性改善の必要性を浮き彫りにしています。
(2)現在注力している経営テーマとして、7割以上の企業が「人材確保・育成」と回答。

現在注力している経営テーマを問う設問では、「人材確保・育成」(70.5%)の回答が最も多く、次いで「既存事業の強化・再成長」(46.6%)、「新規事業・イノベーション」(39.5%)が続きました。これは、構造的な人材不足を背景に、人材を競争力の源泉と捉える企業姿勢を示しています。また、「原価低減・効率化」(27.8%)や「DX推進」(21.7%)といった効率性を追求する回答も一定数得られたことから、各企業が人材戦略と収益構造改革の両面から価値向上を模索していることがうかがえます。
3.各データ詳細(企業価値向上への取り組み)
(1) PBRとROEの間には明確な相関関係があり、高い資本効率が市場評価の前提条件に。

PBR(株価純資産倍率)は、ROE(純資産利益率)とPER(株価収益率)の積で表されます(PBR=ROE×PER)。この関係式に基づくと、PBRの高さは収益性・効率性(ROE)と市場の期待値(PER)の双方に依存していると言えます。今回の調査では、「PBRが2倍以上の企業」の68.8%が「ROE16%以上」を達成している一方で、「PBRが1倍未満」と回答した企業の69.8%が「ROE8%未満」にとどまりました。この結果から、高いPBRを実現するためには、単にPERを高める「期待の演出」に頼るのではなく、ROEというファンダメンタルズの裏付けが不可欠であることが分かります。企業価値の持続的な向上を目指すためには、ROEを軸とした資本効率経営の徹底と、中長期的な視点での収益構造の改革が重要です。
(2)中期経営計画におけるKPIにおいて、非財務指標の導入と開示は依然として限定的。

中期経営計画におけるKPIとして最も多く挙げられたのは「売上高」(24.2%)、次いで「営業利益率」(16.7%)、「ROE」(15.7%)などの財務指標が続きました。非上場企業も含まれていることから、依然として、非財務KPIの採用が限定的です。ESG関連や人的資本に関するKPIの比率は低く、例えば「ROIC(投下資本利益率)」や「資本コスト(WACCなど)」といった資本効率指標の活用も進んでいないことが分かります。KPIの選定は、企業姿勢を表すメッセージとなります。財務と非財務のバランスを考慮したKPI設計と積極的な開示が、今後の差別化のポイントとなるでしょう。
4.各データ詳細(IR・SR活動)
(1)IR・SR活動で重視されているポイントについて、7割以上が「中長期の事業成長ストーリー」と回答。

IR・SR活動で重視されているポイントを問う設問では、「中長期の事業成長ストーリー」(71.4%)が最多、次いで「株主還元・配当方針」(50.5%)、「成長投資の方向性」(42.9%)が続きました。これらの結果から、企業が資本市場との対話において、単なる短期業績の説明にとどまらず、「持続的な成長をどのように実現していくか」という未来志向のメッセージを、いかに一貫性と納得感をもって伝えるかに重点を置いているのかが分かります。特に「成長ストーリー」を重視する傾向は、企業価値の源泉が戦略の妥当性や実行力にあるという投資家の視点に対応しているためと推察できます。今回の結果は、IR・SR活動が従来の情報開示の枠を超え、企業の本質的な価値を物語る“戦略的コミュニケーション”へと進化していることを示すものであると言えます。
(2)IR・SR活動における課題として、「対話の材料(計画・方針など)の開示が不十分」が最多。情報開示レベルと人材力の強化が急務。

IR・SR活動における課題として最も多く挙げられたのは「対話の材料(計画・方針など)の開示が不十分」(36.3%)であり、次いで「担当者の知識不足」(35.2%)、「専門部署がない」(30.8%)が続きました。これらの課題は、IR・SR活動が単なる広報・開示の延長にとどまり、経営戦略と統合された対話機能として十分に位置づけられていない現状を浮き彫りにしています。企業価値向上に寄与するIR活動に進化するためには、「何を語るか」だけでなく、「誰が語るか」「どう語るか」といった対話体制そのものの再構築が不可欠であり、IR・SR活動を経営の中核機能として捉える視座への転換が求められています。
5.各データ詳細(財務戦略とCFOの役割)
(1)過半数の企業が「CFOがいない」、または存在していても「十分に機能していない」状態。

CFOが社内に「いる」と回答した企業は33.5%にとどまりました。「いるものの十分に機能していない」(16.0%)、「いない/採用(育成)予定である」(11.7%)、「いない/当面採用(育成)する予定はない」(38.8%)を合わせると、全体の過半数がCFO不在、または存在していても戦略的役割を果たしていない状態であることが分かります。これは、財務戦略が“金庫番的”役割にとどまり、戦略策定や成長投資に十分に貢献できていない実態を示しています。財務部門の戦略的機能強化が喫緊の課題であることが浮き彫りとなりました。
(2)資本コストを意識した「本格的な投資評価指標」を導入している企業は3割未満に。

投資判断における基準として、最も多く挙げられたのは「投資回収期間法」(35.9%)であり、次いで「投資判断基準が存在しない」(34.5%)が続きました。依然として経験則や感覚に基づく属人的な意思決定が多く、定量的・戦略的な投資評価が企業内で十分に制度化されていない実態が浮き彫りとなりました。一方で、「投下資本利益率(ROIC)」(22.4%)、「内部収益率(IRR)」(16.0%)、「正味現在価値(NPV)」(13.5%)など、資本コストを意識した「本格的な投資評価指標」を導入している企業は少数(いずれも3割未満)にとどまりました。こうした状況は、投資判断の透明性・一貫性・再現性に課題が残っていることを示しています。投資における属人的な意思決定から脱却し、客観的な基準に基づくガバナンス体制の構築が急務であると言えます。
6.各データ詳細(非財務戦略と企業の持続可能性)
(1)ESG活動における主要テーマとして、約7割の企業が「人的資本」と回答。

ESG活動における主要テーマを問う設問では、「人的資本」(65.5%)が最も多く挙げられ、「働き方改革」(51.2%)が続きました。人的領域への投資が環境・ガバナンスを上回る傾向であることが分かります。これは、人的資本が企業価値創出の中核であるという認識が広がっていることの表れと言えます。一方で、「気候変動対策」(25.6%)や「コーポレート・ガバナンス」(20.3%)といった環境・統治領域は相対的に後順位となっており、ESG対応におけるバランスには今後の改善余地が残ります。
(2)経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組みとして、約7割が「全社的経営課題の抽出」と回答。

経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組みとしては、「全社的経営課題の抽出」(65.1%)が最も多く挙げられたことから、まずは現場のボトルネックを可視化する段階にある企業が多いことが分かりました。「KPIの設定、背景・理由の説明」(40.2%)や「人事と事業の両部門の役割分担の検証、人事部門のケイパビリティ向上」(32.4%)も回答数が多い一方で、「CHRO(最高人事責任者)設置」(5.0%)や「人材関連KPIの役員報酬への反映」(4.6%)といったガバナンス領域への発展は限定的であることから、人材戦略を経営の中核に据える取り組みは一部にとどまっていると言えます。
7.総括
本調査を通じて、企業価値向上に向けた企業の取り組みの実態について、多面的に明らかとなりました。まず、PBRとROEの間には明確な相関関係があり、高い資本効率が市場評価の前提条件となっていることが分かります。また、「中長期の成長ストーリー」をIR・SR活動の中核に据える企業が7割を超えている点は特筆すべき事項です。市場からは、“財務+未来像”の両軸を統合的に語ることができる企業姿勢が求められています。一方で、特に非上場企業を中心に、中長期戦略の「策定」は進んでいるものの、「社外への開示」や「定量的KPIとの連動」には課題が残されており、依然として戦略が社内向けに閉じた計画にとどまっている実態も見受けられました。さらに、CFO機能の不全や、投資判断における属人的・感覚的な意思決定が一定程度存在し、戦略財務の基盤としての制度化や標準化が十分とはいえない状況です。加えて、人的資本やESGといった非財務領域への注目は高まっているものの、実際の取り組みは個別テーマへの対応や開示レベルにとどまるケースが多く、経営戦略全体への統合は道半ばと言えます。非財務要素をいかに戦略的・定量的にマネジメントするかが、企業価値向上に直結する時代にあることが示唆されました。
8.提言
(1)「収益性と説明力」の両立による評価向上
企業価値の向上には、ROEなどの財務成果だけでなく、成長戦略や長期ビジョンを市場に伝える“説明力”の強化が不可欠です。中長期の成長ストーリーを語るためのIR体制の整備や戦略的な情報開示が、評価と資本コストに直結します。
(2)人的資本と財務戦略の連動による競争力強化
人的資本を投資対象と捉え、KPI設定や投資評価の仕組みを構築することで、CFOや人事部門が連携して戦略的に価値創出を担う体制を整える必要があります。人的資本と財務を分断せず、経営資源として一体で捉える発想が求められます。
(3)戦略の「策定」と「共有」の両立
中期・長期戦略は社内計画にとどめず、社外への共有や対話のツールとして活用すべきです。策定に加え、言語化・発信・モニタリングといった運用体制を整えることで、戦略の実効性と信頼性を高めることが可能です。
(4)CFOの戦略機能強化と投資判断の高度化
財務戦略の中心として、CFOが資本配分や投資評価を主導する体制を整えることで、属人的な判断から脱却し、企業全体の意思決定精度が高まります。NPV(正味現在価値)やIRR(内部収益率)などの定量評価手法の導入も不可欠です。
(5)非財務資本の統合管理と中長期経営への反映
人的資本やESGへの取り組みをCSR的発想にとどめず、経営戦略の中核に据えることが必要です。非財務KPIの設定や役員報酬との連動、開示の強化などを通じて、非財務資本を価値の源泉として管理・活用していくことが重要です。
〈総括・提言 執筆者プロフィール〉

株式会社タナベコンサルティング コーポレートファイナンスコンサルティング事業部 エグゼクティブパートナー 鈴村 幸宏
メガバンクにて融資・外為・デリバティブ等法人担当を経て、当社入社。「企業を愛し企業繁栄に奉仕する」を信条とし、経営戦略・収益戦略を中心に幅広いコンサルティングを展開。企業を赤字体質から黒字体質にV字回復させる収益構造改革、成長企業に対するホールディングス化とグループ経営推進支援、ファイナンス視点による企業価値向上、投資判断、M&A支援の実績を多数持つ。また、オーナー企業に寄り添った事業承継支援、経営者(後継者)育成も数多く手掛け、高い評価と信頼を得ている。

株式会社タナベコンサルティング コーポレートファイナンスコンサルティング事業部 ゼネラルパートナー 公文 拓真
銀行にて、リテールからホールセールまでを経験。当社入社後は管理会計を中心とした財務戦略や、ホールディングによる資本戦略策定などに従事。企業価値向上の観点による中期経営計画策定など、コーポレートファイナンス分野における上場企業向けのコンサルティング支援を得意とする。
9.関連リンク
・「2025年度 企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート」資料ダウンロードページ
URL:https://www.tanabeconsulting.co.jp/finance/document/detail46.html
10.調査概要
[調査対象] 全国の企業経営者、役員、経営幹部など
[調査期間] 2025年5月12日~2025年5月30日
[調査エリア]全国
[有効回答数]計281件
※各図表の構成比(%)は小数点以下第2位を四捨五入しているため、合計しても100%にならない場合があります。
タナベコンサルティンググループ(TCG)について
TCGは、1957年創業の東証プライム市場に上場する日本の経営コンサルティングのパイオニアです。「企業を愛し、企業とともに歩み、企業繁栄に奉仕する」という経営理念のもと、未来の社会に向けた貢献価値として「その決断を、愛でささえる、世界を変える。」というパーパスを掲げております。現在は、グループ8社、約900名のプロフェッショナル人材を有する経営コンサルティンググループとなり、国内外の中堅企業を中心とした大企業から中規模企業のトップマネジメント(経営者層)を主要顧客とし、創業以来18,900社以上の支援実績を有しております。
トップマネジメントアプローチで経営戦略の策定からプロフェッショナルDXサービスによる経営オペレーションの実装・実行まで、チームコンサルティングにより経営の上流から下流までを一気通貫で支援する唯一無二の経営コンサルティングモデルを国内地域密着のみならず、グローバルへと展開しております。
