国立大学法人千葉大学
千葉大学大学院融合理工学府博士前期課程2年の竹中夏海氏(研究当時)と大学院理学研究院の高橋佑磨准教授の研究グループは、都市部と非都市部に生息するオウトウショウジョウバエ(Drosophila suzukii)を用いた実験により、都市部特有の夜間人工光(光害、図1)が、体のサイズの縮小、睡眠時間の減少、活動リズムの乱れ、寿命の短縮に影響を及ぼすことを明らかにしました。さらに、都市系統の個体ではこれらの影響が軽減されており、都市環境に適応した進化が生じている可能性が示されました。また、都市系統の個体では、遺伝子発現の調節によって夜間光の影響を緩和する術をもつことが示唆されました。
本研究成果は、2025年8月11日(日本時間)に国際学術誌 Ecology and Evolution に掲載されました。

■研究の背景
近年、都市の拡大や発展に伴い、私たち人間の生活にとって便利な照明が、夜でも街を明るく照らすようになってきました(図1)。こうした夜間光は、人間だけでなく、動物や植物などさまざまな生き物の生活リズムや行動、生理機能に影響を与える可能性が指摘されるようになってきました。とくに、昼と夜を区別して生活している生き物にとっては、夜が明るいことは深刻な影響を与える可能性があります。しかし、単に「夜が明るい都市部にいる個体」と「夜が暗い非都市部にいる個体」について、睡眠時間や活動リズム、寿命を比べても、そこで見られた差が夜間光の影響かどうかは判断できません。なぜなら、生物は常に進化しており、都市部と非都市部でそもそも遺伝的に異なった特徴をもっている可能性があるからです。夜間光の影響を適切に評価し、都市環境に対する生物の進化的な適応を検出するためには、共通圃場実験(注1)を行う必要があるのです。

■研究の成果
本研究では、関東地方の都市および非都市部に由来するオウトウショウジョウバエの複数系統を用いて、都市部と非都市部の光環境を模した共通圃場実験を実施し、夜間人工光に対する反応を詳細に解析しました(図2)。実験では、都市系統と非都市系統のオウトウショウジョウバエを、夜間も薄明かり(10ルクス)が続く環境(明夜条件)と夜間に完全な暗闇となる環境(暗夜条件)で飼育し、体の大きさ、寿命、睡眠時間、概日リズム(注2)、遺伝子発現パターンの比較を行いました。その結果、明夜条件下において、非都市系統の生存率は低下し、体が小さくなったり、睡眠のサイクルが乱れたりする傾向がありました(図3)。一方で、都市系統では明夜条件下ほど生存率が高い傾向がありました。また、夜間人工光による活動リズムや体内時計の乱れが少なく、とくにメスにおいてその傾向が顕著でした。

さらに、網羅的な遺伝子発現解析(トランスクリプトーム解析)によって、光受容や体内時計に関連する遺伝子群の応答が、都市と非都市の系統で明確に異なることが突き止められました。これは、都市部の集団が、夜間光による撹乱を緩和するための遺伝子制御を発達させることで、都市環境に適応したことを示唆しています(図4)。

本研究は、光害という現代的な環境ストレスが、生物の成長や生存に悪影響を及ぼすことを実証するとともに、このようなストレスが生物に急速な進化を促していることを実験的に示した貴重な事例です。光害が生物多様性に与える影響の評価や、持続可能な都市環境の設計に向けた重要な科学的知見を提供するものです。
■今後の展望
都市化が生物多様性に与える影響は拡大しつづけると考えられるため、夜間人工光への生物の応答を多種多様な生物で比較することにより、共通の影響や進化的変化を明らかにできる可能性があります。これにより、都市設計や照明設計において、生物への影響を最小限に抑える対策の提案が可能になることが期待されます。
■用語解説
注1)共通圃場実験(common garden experiment):異なる地域や環境から採取した複数の系統や個体群を同一の環境条件下で育成・観察する実験手法。これにより、形質の違いが遺伝的要因によるものか、環境の影響によるものかを判別することができる。
注2)概日リズム:ほぼ24時間周期で繰り返される生物の内在的なリズム。これにより、生物の体の基本的な生理活動が約24時間周期でコントロールされる。
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の助成⾦の⽀援を受けて遂⾏されました。
・環境研究総合推進費「都市化による昆虫への遺伝的・エピ遺伝的影響と汚染的遺伝子流動の評価」
・住友財団環境研究助成「光害に対する昆虫類の遺伝的変化と継承性・非継承性のエピジェネティック変化」
・大林財団研究助成「都市化がもたらす生物の形質へのインパクトの評価」
■論文情報
タイトル:Adaptation to nighttime light via gene expression regulation in Drosophila suzukii
著者:Natsumi Takenaka and Yuma Takahashi
雑誌名:Ecology and Evolution
DOI:10.1002/ece3.71971