学校法人 順天堂
― FRAGILE-HFおよびSONIC-HFを用いた多施設共同研究による解析 ―
順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学の中出泰輔非常勤助教 、末永祐哉准教授、鍵山暢之特任准教授、前田大智非常勤助教、池田吉亮助手、藤本雄大大学院生、井上華子非常勤助手、堂垂大志助教、砂山勉助教、南野徹教授らの研究グループは、高齢心不全患者さんにおいて、「心血管疾患」「慢性腎臓病」「糖尿病」といった疾患が複数重なっている状態(CKMオーバーラップ *¹)が、身体機能の低下や退院後の長期予後の悪化と関係していることを明らかにしました。心不全は多くの合併症を伴う疾患ですが、特に心血管疾患、慢性腎臓病、糖尿病の3つが重なるCKMオーバーラップは、病態をより複雑にし、長期予後に影響を与える可能性が指摘されています。しかし、これまでの研究は主に若年者を対象としたものであり、高齢心不全患者におけるCKMオーバーラップの影響は十分に検討されていませんでした。本研究では、世界最大規模の多施設レジストリデータ *²「FRAGILE-HF」*³を用いて解析を行い、さらに「SONIC-HF」*⁴を用いてその結果を検証することで、高齢心不全患者におけるCKMオーバーラップと身体機能・長期予後との関連を評価しました。その結果、高齢心不全患者の約50%がCKMオーバーラップを有しており、CKMの重なりが多い患者ほど身体機能が低下し、退院後の長期予後も不良であることが示されました。これにより、CKMオーバーラップの評価が高齢心不全患者のリスク層別化において重要な指標となる可能性が示唆されました。今後、これらの知見を基に、より適切な予防的介入や治療戦略の開発が期待されます。本研究成果は、European Journal of Preventive Cardiology誌のオンライン版に2025年5月6日付で掲載されました。
本研究成果のポイント
● 高齢心不全患者の約50%がCKMオーバーラップを有しており、特に2つ以上のCKMを持つ患者は身体機能が低い傾向があった。
● CKMオーバーラップが多い患者は、退院後の全死亡および心不全再入院のリスクが高い可能性が示唆された。
背景
心不全は高齢者に多い主要な疾患であり、再入院や全死亡のリスクが高いため、適切な管理が求められます。近年、CKMオーバーラップが心不全の病態や長期予後と関連する可能性が指摘されていますが、高齢患者における詳細な検討は不足していました。本研究では、高齢心不全患者におけるCKMオーバーラップの有病率を明らかにし、身体機能および長期予後との関連を検討しました。
内容
本研究では、2016年から2018年にかけて、日本国内の15施設で実施された多施設前向きコホート研究「FRAGILE-HF」、および2018年から2019年にかけて4施設で実施された「SONIC-HF」のデータを用いて解析を行いました。対象は、急性非代償性心不全で入院し、独歩退院が可能となった65歳以上の患者であり、FRAGILE-HFの1,113名(中央値年齢81歳、男性58.2%)、SONIC-HFの558名(中央値年齢80歳、男性59.3%)のデータを分析しました。CKMオーバーラップの有無は、心血管疾患、慢性腎臓病、および糖尿病の診断に基づき分類しました。その結果、全体の半数近くの患者が2つ以上のCKMオーバーラップを有しており、特にこれらの患者では、5回椅子立ち上がり試験、SPPB(Short Physical Performance Battery)*⁵スコア、6分間歩行距離、などの身体機能指標が低いことが明らかになりました。さらに、2年間の追跡調査の結果、CKMオーバーラップが多い患者では、全死亡および心不全再入院のリスクが高い傾向が確認されました。Cox比例ハザードモデル *⁶による解析では、2つ以上のCKMオーバーラップを有する患者は、そうでない患者と比較して、全死亡および再入院のリスクが有意に高いことが示されました(図1)。
今後の展開
本研究では、高齢心不全患者におけるCKMオーバーラップが身体機能および長期予後と関連する可能性を示しました。日常臨床において高齢心不全患者を診る際には、CKMオーバーラップの数を把握し、身体機能低下を早期に特定することが重要です。今後の研究では、CKMのオーバーラップを考慮した介入戦略を検討し、適切な治療やリハビリテーションを導入することで、心不全患者の長期予後にどのような肯定的な影響を与えられるかを明らかにすることが期待されます。


用語解説
*1 CKMオーバーラップ: Cardiovascular(心血管)、Kidney(腎臓)、Metabolic(代謝)の3つの疾患(心血管疾患、慢性腎臓病、糖尿病)のうち、複数を同時に抱えている状態を指す。
*2 多施設レジストリデータ: 特定の疾患に関する様々なデータ(患者数、検査結果、予後など)を調査するため、複数の病院において、特定の疾患に罹患した患者を網羅的に登録したデータのこと。
*3 FRAGILE-HF: 高齢心不全患者における身体的・社会的フレイルに関する疫学・予後調査 ~多施設前向きコホート研究~
*4 SONIC-HF: 高齢心不全患者に対する骨格筋評価指標の比較~多施設前向きコホート研究~
*5 SPPB(Short Physical Performance Battery): 身体機能を評価する指標で、バランステスト、歩行速度テスト、5回椅子立ち上がりテストの合計点(0~12点)で構成される。スコアが高いほど身体機能が良好で、低い場合は運動機能低下のリスクが示唆される。
*6 Cox比例ハザードモデル: 時間と共に変化するイベント発生リスクに対し、一つ(単変量)または複数(多変量)の因子がどのように影響するかを分析する統計モデル
研究者のコメント
忙しい日常臨床において、高齢心不全患者の身体機能をすべての患者で評価することは困難ですが、CKMオーバーラップの評価は比較的簡単に実施できます。特に、オーバーラップ数が多い患者に対して身体機能を測定し、低下が確認された場合には、早期に運動療法などの介入を行うことで、さらなる身体機能低下を防ぎ、長期予後の改善につながる可能性があります。開業医や往診医の先生方にも活用していただき、一人でも多くの心不全患者の治療に貢献できることを願っています。
原著論文
本研究はEuropean Journal of Preventive Cardiology誌のオンライン版に2025年5月6日付で公開されました。
タイトル: Association of Cardiovascular-Kidney-Metabolic Overlap with Physical Function and Prognosis in Older Patients with Heart Failure: A Post-hoc Analysis of the FRAGILE-HF and SONIC-HF
タイトル(日本語訳): 高齢心不全患者における心血管・腎・代謝オーバーラップと身体機能低下とその予後的意義 ― FRAGILE-HF・SONIC-HFの事後解析
著者:Taisuke Nakade 1), Yuya Matsue 1), Yoshiaki Ikeda 1), Daichi Maeda 1), Nobuyuki Kagiyama 1), Yudai Fujimoto 1), Hanako Inoue 1), Tsutomu Sunayama 1), Taishi Dotare 1), Kentaro Jujo 2), Kazuya Saito 3), Kentaro Kamiya 4), Hiroshi Saito 5), Yuki Ogasahara 3), Emi Maekawa 4), Masaaki Konishi 6), Takeshi Kitai 7), Kentaro Iwata 8), Hiroshi Wada 9), Takatoshi Kasai 1), Hirofumi Nagamatsu 10), Misako Toki 3), Kenji Yoshioka 5), Shin-ichi Momomura 11), Tohru Minamino 1)12)
著者(日本語表記):中出泰輔 1), 末永祐哉 1), 池田吉亮 1), 前田大智 1)、鍵山暢之 1), 藤本雄大 1), 井上華子 1), 砂山勉 1), 堂垂大志 1), 重城健太郎 2), 齋藤和也 3), 神谷健太郎 4), 齋藤洋 5), 小笠原由紀 3), 前川恵美 4), 小西正紹 6), 北井豪 7), 岩田健太郎 8), 和田浩 9), 葛西隆敏 1), 長松裕史 10), 土岐美沙子 3), 吉岡健司 5), 百村伸一 11), 南野徹 1)12)
著者所属(日本語表記):1) 順天堂大学, 2) 西新井ハートセンター病院, 3) 心臓病センター榊原病院, 4) 北里大学, 5) 亀田総合病院, 6) 横浜市立大学, 7) 国立循環器病研究センター, 8) 神戸市立医療センター中央市民病院, 9) 自治医科大学附属さいたま医療センター, 10) 東海大学, 11) さいたま市民医療センター, 12) AMED-CREST
DOI: doi.org/10.1093/eurjpc/zwaf279
「FRAGILE-HF」は、ノバルティスファーマ研究助成金および日本心臓財団研究助成金によって支援され、「SONIC-HF」は、ノバルティスファーマ研究助成金とJSPS科研費番号19K11424によって支援されました。本研究はAMEDから助成番号JP21ek0109543により資金提供を受け実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。