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2次元薄膜で1次元電子ストライプ構造を創る!~鉄磁石とマンガン磁石の界面磁気フラストレーションを活用~

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国立大学法人千葉大学

 千葉大学大学院工学研究院の山田豊和准教授、ピーター クリューガー教授、同大融合理工学府博士前期課程の林宏樹氏(研究当時)、および高知工科大学システム工学群の稲見栄一教授からなる研究チームは、走査トンネル顕微鏡(STM)(注1)観察により、スピントロニクス材料(注2)の「強磁性磁石と反強磁性磁石の界面」を活用し、電流が一方向に流れやすい原子レベルで平坦な1次元ストライプ状の電子ナノ構造を開発しました(図1)。今後、この強磁性体・反強磁性体の結晶構造を特定方向に整列させた2次元膜のテンプレートとして応用することで、スピントロニクス、量子デバイス、有機分子エレクトロニクスなど多様な材料デバイスにおいて、電子特性の1次元化が期待されます。
 本研究成果は、2025年9月4日付で学際的科学ジャーナルSmallにオンライン掲載されました。

図1:Fe(110)強磁性基板上に成膜したMn薄膜のSTM実験結果。(左図)STM探針による試料表面観察の模式図。非接触・非破壊で表面形状と電子情報を計測できます。(中央図)鉄基板上にマンガンを約1.2原子層分蒸着し成膜しました。青色がMnの1層目、黄色が2層目を示しています。(右図)同一領域で同時に取得した電子分布マップ。約0.7 nm周期の明瞭な縞状ストライプ構造が観察されます。

■研究の背景

 1次元電子ストライプ構造は、電子の流れを特定の方向に制御できるため、超高速・省エネの次世代電子デバイスの開発に欠かせない重要な材料です。ところが、スマートフォンやセンサーなど次世代電子デバイスに利用される、グラフェン2次元薄膜では、原子レベルの平坦性を保ちながら、一種類の物質のみで特定方向に限定された1次元電子ストライプ構造が形成されることは、通常は起こりません。一般的には、2次元膜には2次元の電子構造ができるからです。ごくまれに、原子数子分の厚さしかない極薄のシート状材料である「遷移金属ダイカルコゲナイド」などの原子層物質に、歪みや磁場を加えることで1次元電子ストライプ構造が出現する例は知られています(参考文献1)。

 しかし、遷移金属ダイカルコゲナイドをエレクトロニクス素子として量産化するには、真空製膜する過程で有害なセレンやテルルを扱うため製造工程が困難となります。一方で、既存のスピントロニクス材料としてすでに広く使用されている磁性金属であれば容易に製膜に使うことができます。

 そこで本研究では、身近な磁性元素である鉄(Fe)とマンガン(Mn)だけを用いて、1次元電子ストライプ構造を創出することを目指しました。

 

■研究の成果

 本研究のポイントは、強磁性磁石と反強磁性磁石の界面に生じる強い「磁気フラストレーション(注3)」を利用した点にあります。研究チームは、結晶構造の代表例である体心立方構造 (BCC)を対象とし、従来のスピントロニクスで主に用いられてきたBCC(100)(注4-1)の方向ではなく、あえて磁気フラストレーションが強まる最密方向のBCC(110)(注4-2)で結晶を成長させました。その結果、1次元電子ストライプ構造を形成できることを発見しました。詳細な手順は、以下の通りです。

 Feは強磁性体、Mnは反強磁性体の代表例ですが、大気中では容易に酸化してしまうため、酸化を防ぐためすべての実験を超高真空環境で実施しました(図1)。まず真空中で鉄基板の表面を清浄化し、その上にMnを鉄基板表面の約30%を覆う程度を蒸着(注5)しました。その試料を真空で保持したまま、原子1つ1つまで見えるSTM にセットし、表面を観察しました。その結果が図1左図です。STMは、探針を試料表面に近づけることで表面形状を画像化できるだけでなく、各原子位置における電子状態も計測できます。探針と試料の距離はおよそ1 nm (ナノメートル=10⁻⁹m)であり、非接触かつ非破壊で試料表面を原子レベルで観察できます。基板上では、灰色で示した鉄基板表面上に、青色で表されたMnの1層目が島状に成長している様子が確認できます。この表面にさらにMnを蒸着すると、鉄基板表面全体が1層目のMn膜で覆われ、その上に2層目のMn膜が成長します(図1中央図)。

 同じ領域で電子分布マップを計測すると、そこには明瞭な縞状のストライプ模様が観察されました(図1右図)。これは、原子レベルで平坦な2次元Mn薄膜表面全体に、1次元的な電子ストライプ構造が形成されていることを示しています。

■今後の展望

 本研究により、古くから知られる磁性金属であるFeやMnを用いても、原子レベルで平坦な2次元薄膜内に1次元電子ストライプ構造を作り出せることを実証しました。これは、新たな1次元電子ストライプ構造を創出するためのテンプレートを発見したことを意味し、今後のスピントロニクスや量子デバイスの開発において極めて重要な成果となります。

■用語解説

注1)走査トンネル顕微鏡(STM)装置:原子レベルまで尖らせた探針で試料表面をなぞるようにすることで、物質表面を原子レベルで観察できる顕微鏡。原子より小さい1pm(ピコメートル=10⁻¹²メートル)の精度で、物質の電子状態を計測できる。

注2)スピントロニクス材料:電子の「電気の流れ」だけでなく「スピン(小さな磁石の向き)」も利用して動作する新しい材料。省エネで、速いコンピュータなどに使える可能性がある。

注3)磁気フラストレーション:磁石の向き(スピン)が互いにぶつかり合って、常に不安定な状態にある現象。これを利用することで量子スピン液体のような特殊な磁性状態を作り出せるため、量子コンピュータや新しい磁気材料の研究で重要視されている。

注4-1,4-2) BCC(100), BCC (110):金属の原子が並ぶBCCのうち、立方体の正面の面(1つの立方体の面)を上から見た方向がBCC (100)。これに対し、BCC (110)は立方体の一つの面の対角線に沿って切った断面で、中心の原子も含むため、BCC(100)よりも原子が密に並び、より安定した面となる。

注5)蒸着:材料を加熱して蒸発させ、薄い膜として別の基板にくっつける方法。メガネのレンズコーティングや半導体チップ作りにも使われる。

 

■参考文献1

タイトル:Magnetic-Field Induced Dimensionality Switch of Charge Density Waves in Strained 2H-NbSe2 Surface

雑誌名:npj 2D Materials and Applications

DOI: 10.1038/s41699-025-00584-y

 

■研究プロジェクトについて

本研究は、以下の研究課題の支援を受けて行われました。

①  独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究(B)(一般))“表面場での有機分子と磁性原子による量子ビット二次元配列の構築”

②  小笠原敏晶記念財団 一般研究助成 “金属表面反応場での低次元高分子磁性薄膜の開発”

③  公益財団法人 東電記念財団研究助成 “超省エネ電界制御型・蜂の巣構造磁性薄膜格子の開発”

④  公益財団法人 松籟科学技術振興財団 研究助成 “真空表面合成法による有機分子2次元ハニカム格子で実現する超高密度磁気記憶素子”

⑤  公益財団法人 カシオ科学振興財団 第38回研究助成 “超高密度2次元鉄ナノ磁石ハニカム規則配列作製による超省エネ電界書き込み制御型・磁気記憶素子の開発”

 

■論文情報

タイトル:Emergence of Robust 1D Atomic and Electronic Textures in Mn Ultrathin Films via Antiferromagnet-Ferromagnet Interfaces

著者:Eiichi Inami, Hiroki Hayashi, Peter Krueger, Toyo Kazu Yamada

雑誌名:Small

DOI:10.1002/smll.202504791

出典:PR TIMES

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